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古上織蛍の日々の泡沫(うたかた)

歴史考察(戦国時代・三国志・関ヶ原合戦・石田三成等)、書評や、        日々思いついたことをつれづれに書きます。

治部煮の想い出

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 この前、加賀料理のお店に行って「治部煮」というものを食べてきました。(他の料理も食べましたが)おいしかったです!

 治部煮とは、鴨肉(または鶏肉)に小麦粉をまぶし、だし汁に醤油、砂糖、みりん、酒を合わせ、麩、しいたけ、せりなどを煮るもので、この名称は諸説あるようです。

 しかし、「治部」といえば、戦国時代マニアとしては石田「治部少補」三成を思い浮かべてしまいます。そこで、何か関連はないかと検索してみますと、以下のサイトがありました。 

http://blog.goo.ne.jp/goo3-69/e/18468e704fa0d19f38a5f4dd122d25a6(外部サイトです。)

 

 このサイトによりますと、「治部煮の名前の由来は諸説あるそうだが、昭和46年金沢に転勤で来た時、得意先の接待で初めて口にしたが、接待した客の長老は、前田利家が正月に石田三成従五位下治部少捕)から近江で接待を受けた時鴨料理を出された。加賀に帰った利家公は料理人に「治部のところでご馳走になった鴨肉の料理が旨かった」と言いご馳走になった同じものを創らせ三成の治部少輔の名をとって治部煮と名づけられたと説明してくれた。」とあります。

 

 他にも同様の説明があるサイトがいくつかありますので、この話は地元の加賀前田藩の地域で伝わっている一つの逸話なのだと思われます。前田利家石田三成の交友がうかがえる逸話といえるでしょう。

(他の説明をしている逸話もありますが、この時代に「治部」という言葉が石田三成を連想させない訳がありませんので、やはり石田三成が関係していると考えるのが自然でしょう。特に「ジブジブ」という音がするから「治部煮」という説などは、他の当て字にすれば良いだけの話です。)

 関ヶ原合戦前の石田三成前田利家の関係を思い起こさせる、面白い逸話だと思います。