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古上織蛍の日々の泡沫(うたかた)

歴史考察(戦国時代・三国志・関ヶ原合戦・石田三成等)、書評や、        日々思いついたことをつれづれに書きます。

宮下英樹『センゴク権兵衛』1巻での石田三成エピソードの感想

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 漫画の宮下英樹センゴク権兵衛』講談社、2016年 1巻での石田三成のエピソードの感想を書きます。

センゴク』シリーズは戦国武将、仙石権兵衛秀久の一代記を書いたシリーズであり、現在も連載中です。

 

 以下のエピソードは、おそらく作者の創作なのでしょうが、三成の人となりをよく示しているな、と思ったので紹介します。

 

 まず、以下で出てくる大音新助とは史実では三成の家臣です。文禄三年の島津領の太閤検地で三成に命じられて総奉行を務めていますので、三成家中の重臣のひとりであり、また実務に優秀な人物であったことがうかがえます。

 この漫画では、三成の推挙で秀吉の奉行となった人物として描かれていますので、多分、以下の話はフィクションだということになりますが。

 

 以下引用します。(下記のことは天正十三(1585)年のことです。)

 

 ※カッコ内及び番号筆者です。

 

「VOL.5 奉行

大坂状城本丸 表御殿

 

大音新助『お見知りおきを』『石田三成様のご推挙にて此度奉行衆に加わった大音信助に』

増田長盛『手前は増田長盛 かくも多忙の日初の奉公とは不運よの』『ともかく羽柴様が参られる前に皆に挨拶を』『おっと気を付けよ 書状に進物に人が行き交っておる』『さあ、「文庫へ」』

大音新助『・・・・・・』『この書状類すべてを捌かねばならないのですか?』

増田長盛『ハハッそれだけでは駄目だ』

大音新助『は!?』

増田長盛『ともかく挨拶だ』『石三殿 大音信助が着到だ』

石田三成『やぁ大音来たかね』(書状を書きながら)

大音新助『石田様 此度は・・』

石田三成『アイサツ無用!』(*1)『それより――』『台所より入ったのかね?』

大音新助『は!』

石田三成『宜しい』『常に台所よりの歩数を覚えておくように』

大音新助『・・・・歩数?』

増田長盛『台所より御廊下を渡り御座の間まで三十間 歩数は六十歩――』

大音新助『六十歩・・・・』

石田三成『羽柴様はご多忙故』『直接進言能(あた)うのは六十歩の間のみ ということだ』

奉行頭 浅野弥兵衛長吉『かくの如し』『奉行の務めは 是(これ)ら日ノ本全土よりの報(しらせ)を書一枚にまとめ羽柴様にお読み頂く事じゃ』

大音新助『・・・・・・あ あれらの内容を一枚にまとめると――!?』

石田三成『いかにも まず報告を書にまとめる』『その他 進捗中の件 問題のある件 考慮を要する件』『それらを口頭にてお伝えしご理解頂き指示を仰ぐ』『良いな六十歩だ(*2)』『能(あた)わねばここでは無用だ』」

 

(*1)念のためですが、ここでの『アイサツ無用!』と三成が言うのは、たとえば大河ドラマ真田丸』で他人の挨拶を無視するような無礼な(架空の)三成とは似て非なるものです。この漫画の新助にとって、三成は新助を羽柴家に推薦してくれた恩人であり、それでなくとも先輩ですので、三成に対して本来は新助から懇切な挨拶が必要です。そこを、三成は「忙しいし、君と私の親しい仲なのだから、堅苦しい挨拶など無用だ」と言っている訳です。昔、どこぞの元大物芸人が、新人芸人に「アイサツがない!」といって、暴力をふるっていたのとは大違いです。

 

(*2)ここでの「六十歩」とは、現代のコンサルタントのスキルとしてよく紹介されている「エレベーター・テスト」に似ているのかな、と思います。原作者が参考にしているのかは知りませんが。

 エレベーター・テストとは、偶然プレゼンテーションの前に取引相手のプレゼンのキーパーソンとエレベーター前で居合わせたと想定して、そのエレベーターが1階に下りる二十秒の間にプレゼンテーションの要点を伝えて、相手の心を掴むことができるか?というテストです。この後に本当のプレゼンは行われるのですが、実際にはこのエレベーターでの20秒プレゼンの間にキーパーソンの心を掴めるかで、プレゼンの成否は、既に決まっているのです。(私が前見た本では、キーパーソンがプレゼンテーション会場に来訪したのを入り口で出迎え、エレベーターを使ってプレゼンテーション会場の前まで同行する間の会話で、プレゼンの成否が決まるような話でした。)

 

石田三成『さて そろそろ参られよう』『ちょっと桜門まで行こうか』

大音新助『外へ?』

石田三成『そう 面白い光景が見られよう』

(二人、桜門へ向かう)(羽柴秀吉 軍勢と共に到着)

出迎えの兵士達『祝着ッ』『ご祝着にッ』『内大臣昇任祝着至極ッ』

 

羽柴藤吉郎秀吉(数え四十九歳)此度 内大臣に昇官 武威のみならず 朝廷の権威も得 日の出の勢いで天下一統に邁進していた

 

(歩く秀吉。迎える兵士達とともに礼をする石田三成と大音新助)

(秀吉、大音新助に声を掛ける)

羽柴秀吉『面上げい』

大音新助『はッ』『はは・・・・』

羽柴秀吉『見ん顔じゃ』『・・・・・・ちゅうこたぁ わぬしが大音新助じゃな』

『ハッハハ よう来た よう来た』『石三推任の才子と聞いとるぞ』

侍?A『内府様ッ』

侍?B『内府様ッ』

羽柴秀吉『待て待て 新助とのアイサツが先じゃ 来い新助』

大音新助『は・・・・はいっ』

羽柴秀吉『母上は息災か 眼病を患うとるらしいの』

大音新助『ご・・・・ご・・・・ご存じで!?』 

羽柴秀吉『聞いとるわいな』『黒田家秘伝の眼薬じゃ 官兵衛よりとりよせさせた』(眼薬を新助に渡す秀吉。涙ぐむ新助)(*3)

羽柴秀吉『しっかと石三に倣え 奉行は大変じゃぞい』

大音新助『い・・・・命を賭して・・・・』

羽柴秀吉『馬鹿言え 死んじゃあならん ハッハ』

大音新助『う・・・・』『く・・・・』(泣く新助)

(そのまま門へ向かう秀吉)

侍?C『内府様ッ』

侍?D『内府様ッ』

羽柴秀吉『わかった わかった なんじゃいな』」

 

(*3)ここまで見て、むしろ「エレベーター・テスト」は秀吉から新助に仕掛けられたことが分かります。桜門に入るまでの六十三歩(後述)の間に、秀吉は新人家臣大音新助の心をガッチリ掴んでしまいました。

 ここで恐ろしいのは、この「秀吉人たらし劇場」を演出したのは、石田三成であることです。新助の母親が眼病を患っているのを知っているのは当然三成でしょうし、忙しい秀吉に代わって官兵衛から丸薬を取り寄せたのも三成でしょう。というか、秀吉の新人家臣新助への出迎えシナリオの筋書きを書いたのはすべて三成でしょう。おそらく「人たらし」たる秀吉がこの三成の描いたシナリオを喜んでノリノリでやるであろうことも計算に入っています。

 そして、この秀吉の六十三歩の「人たらし芸」を新助に見せることによって、「六十歩」のプレゼンとは実際にどうやるのかを、上司の秀吉を使って授業しているのです。「立っている者は、上司でも使え」という感じですね。

 

「大音新助『い・・・・石田様・・・・・・』

石田三成『・・・・・』

大音新助『て・・・・手前を内府様の下に』『おとりたて頂き・・・・ 感謝しきれませぬ・・・・』(*4)

石田三成『大音・・・・・・』『何歩歩いた――?』

大音新助『は!?』

石田三成『六十三歩だ』

石田三成『六十歩超えて何も伝えておらん』『つまり無能だ』(*5)

大音新助『!』

石田三成『羽柴様が一度君を無能と見なせば』『今とは全く正反対の扱いを受けることとなるぞ』(*6)

 

(*4)(*5)(*6)三成は、感涙にむぜぶ新助に水を差すことも忘れません。『て・・・・手前を内府様の下に』『おとりたて頂き・・・・ 感謝しきれませぬ・・・・』(*4)となると、感謝が自分(三成)に向かってしまい、秀吉に向かわない可能性があります。そうすると、秀吉が嫌う自分自身への「人気取り=私党を組む」になってしまい、その度が過ぎると睨まれた秀吉に粛清される危険すらあります。

 ここで、さりげなく自らの人気取りと見られないように、あえて冷たい言葉を放つのです。それとともに、『羽柴様が一度君を無能と見なせば』『今とは全く正反対の扱いを受けることになるぞ』(*6)というのは本当のことであり、友である新助に対しての心からの忠告です。

(*5)『六十歩超えて何も伝えておらん』『つまり無能だ』というのは新助にとっては酷でしょう。というのは、今回の六十三歩は秀吉の「人たらし劇場」の独壇場であり、実際に新助が口を挟む余裕はなかったためです。三成はそうした事情は当然知りつつ、新助の今後のために忠告した訳です。

 

 秀吉が三成を評して「才器の我に異ならない者は、三成のみである」と言ったという(本当がどうか知りませんが)逸話がありますが、この「才器」とは「人たらし」の才のことでしょう。しかし、織田信長が配下の各武将の才能をある意味放置していたのに対して、秀吉は信長の本能寺の変の教訓があり、秀吉配下が「自分自身のために」自分の才を生かして人気取りをして「私党を組む」ことに非常に警戒感を抱いていました。三成が自らの「人たらし」の才を秀吉のために使わず、自分自身のために使っていた場合には、秀吉の粛清が待っていたのでしょう。三成は自らの「人たらし」の才を自分のためには使ってはいけなかったのです。