古上織蛍の日々の泡沫(うたかた)

歴史考察(戦国時代・三国志・関ヶ原合戦・石田三成等)、書評や、        日々思いついたことをつれづれに書きます。

【小説】 長い話

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【小説】 短い話を読む。(下の小説とは無関係です。)

 

 今度は長い話を書こう。

 長い話といっても手早く書きたいから、話の分量としては短い。

 長いというのは別の意味だ。

         *         *           *

  1

 昔の頃、自分が高校生の頃の話だ。

 俺は、友人と屋上で昼食の弁当を食べていた。

 ふと、俺は思いついて言った。

「『ちょっとの間』って、どのくらいの時間かな」

「なんで、そんな話?」と友人は僕を見て言った。

「いや、同じ部活の奴に用事を頼んだんだけど、できてなくなさ。『まだ?』って聞いたら『もうちょっと待ってくれ』って言われたんだよ」

「そいつに直接聞けばいいじゃん」

「まあ、そうなんだけどさ・・・・・。そもそも『ちょっと』って、どれくらいの時間だよ、って思ってね」

「そうだな・・・・・」友人は考え込むような顔をした。

「『ちょっと』って『一寸』って書くんだよな。一寸は約3センチメートルだから、約3センチメートルぐらいなんじゃない」

「3センチメートルは長さだろ。3センチメートルぐらいの時間ってどんな時間だ?」

 友人は黙って肩をすくめた。まあ、確かにどうでもいい話だ。

 しばらく黙って飯を食べた。

 今度は、友人が僕に話しかけた。

「世界が、ひとつの長い長い蛇だってことは知っている?」

「なんだそりゃ?」

 初耳だ。そんな神話でもあるのか?

「この世界は、ひとつの長い蛇なんだよ」

「ふうん。それで、俺らはその蛇の上に住んでいるってわけか」

「いや、上じゃない。俺らはその蛇の中に住んでいるんだ」

「んじゃ、地球とか、太陽とか、太陽系とか、銀河系とかは?」

「そんなもの、蛇の細胞とかのひとつにすぎないんだよ。俺らはその細胞にまとわりついている、さらに小さな細菌だ。だから、蛇は俺らの存在なんてそもそもまるで知らない。俺達が自分の腸の中にある菌のことなんてまるで知らないように」

「なんで、そう思うんだ?」

「『そう思う』じゃない。知っているんだ」

「じゃ、なんで『知っている』んだ?」

「理由は知らない。ともかく俺は、物心がついた頃から、そうであることを『知っていた』んだ」

 なんと言えばよいか。まあ、友人のほら話にちょっと付き合おうかと思った。

「それで?お前は今、その蛇はどうしているか分かるのか?」

「蛇は、老齢を迎えていて、死にかけている」

「それで、蛇が死んだらどうなるんだ?」

「もちろん、中にいる俺達も消滅する。誰も蛇が死んだせいで、世界が消滅するということは知らないから、いきなり原因も知らないままに、ちょっとの間に皆消滅してしまうんだ」

 どう答えていいか、分からない顔をしている私を見て、彼はにやっと笑って言った。

「冗談だよ」

「つまらん冗談だな」

 そのまま、また飯を食い始めた。

 しばらくして、彼がぽつりと言った。

「お前にだけは言っとくよ」

「ん?」

 彼は俺をまっすぐに見て言った。真剣な顔だった。

「今の話は冗談じゃないんだ。本当のことだ」

 その目には少し狂気が宿っていたように感じた。俺は少しぞっとした。今度こそ本当に何も言えなくなってしまった。

 

  2

 その後、蛇の話は俺達の間で行われなかった。友人は、この話を俺に話したことを後悔しているようだった。自分も、そのような話をされても何も答えようがなかったので、ほっとした。

 特にそれから仲が悪くなることもなく、その後の高校時代も彼とは仲のよい友人だった。同じ大学に行ったので、大学時代も親しい友人であった。

 彼は、特に気が狂うこともなく、宗教家になることもなく、大学を卒業すると平凡な中堅どころの会社に就職して、普通のサラリーマンになった。自分も大学を卒業して就職して平凡なサラリーマンになった。

 違うのは、彼は大学時代に付き合っていた彼女と、就職した後数年ですぐに結婚したのに対し、自分は特に彼女ができることもなく、独身でい続けたことである。自分には家族を作るという事がうまくイメージできなかった。人間が長い長い蛇の中にいる、小さな小さな菌にすぎず、その蛇が死んでしまえば、訳も分からぬまま消滅してしまうものに過ぎないのなら、その生活など何の意味があるのだろう。

 友人が発した質の悪い冗談は、友人でなく俺を捉えてしまったのだ。

 

  3

 それから、数十年が経った。大学を卒業してからも友人との付き合いは続いたが、次第に疎遠になり、数年に1回会えばよいようになった。自分は相変わらず独身で、彼には孫がいるという。自分は会社は定年で退職し、今は関連会社で非常勤で働いている。彼もそんな感じらしい。

 彼の家族から電話があったのは、昨日の夜のことだった。前から病気で入院していたとは知っていたが、いよいよ思わしくないらしい。前に彼が入院した時に見舞いに行こうかといったが、かえってわずらわしいから来なくてよいと言われたことを思い出した。

 その時も実際には行ったのだが、彼の親族とかも見舞いに来ていて、あまり長居できる雰囲気ではなかったので、挨拶もそこそこに帰った。

 その後に、家族から自分に電話がかかってくるということは、体調がそういうことなのだろう。

 翌日、病院に見舞いに行った。

 ベッドで横たわる彼は、がりがりに痩せていて、顔には死相が浮かんでいた。

 眠っているのかと思って覗き込むと、彼が目を開けた。

「よう、・・・・・じゃないか、久しぶりだな」

 元気そうじゃないか、という冗談が言えないぐらい弱っていそうだったので、

「見舞いに来たぜ」とだけ言った。

 それから、しばらく沈黙が続いた。私は思い切って聞いてみた。

「昔の蛇の話、覚えているか?」

「ああ」

「結局、蛇は死ななかったな」

「いや」

 彼は、少し穏やかな顔になって言った。

「もう蛇は死んでいるんだよ。我々が気づいていないだけだ」

「そうなのか」

「そうなんだ」

「じゃあ、俺達は同じだな」

「そうだな」と言って、彼は少し微笑んだ。

 

  4

 病院からの帰り道で考えた。

 彼は、昔、蛇が死んだら、俺たちもちょっとの間で消滅してしまうと言った。

 しかし、長い長い蛇の時間においては、数万年の間も「一寸の間」なのだろう。

 俺達は同じだ、と思った。