古上織蛍の日々の泡沫(うたかた)

歴史考察(戦国時代・三国志・関ヶ原合戦・石田三成等)、書評や、        日々思いついたことをつれづれに書きます。

【小説】 骰子の世界の地図

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 僕と彼女は部室のテーブルで向かい合いに座っていた。他には誰もいない。僕も彼女も会話もせずに、ずっと文庫本を黙って読んでいた。

 やがて、彼女が文庫本をぱたんと閉じて、僕の方を見た。僕も文庫本を閉じて彼女を見た。

 彼女は、テーブルに置いてあった鞄から何やら取り出すと、手のひらの上にのせて僕に見せた。それは骰子だった。

 奇妙な骰子だった。すべての面が黒く塗られていて、そしてすべての目の色が違う。

「何それ?」

「これは、別の世界に行ける骰子」

「別の世界って?」

 彼女は、骰子の1の目を見せた。黒い面にひとつの大きな丸の目が付いている。目の色は紅色だった。

「これは、紅い月の世界。私達の世界ね」

 そうだ。僕たちの世界の月は紅色だ。

「そして、これが蒼い月の世界」

 といって、彼女は2の目を見せた。目は蒼色だった。

「ここは行き止まりの町なの。ここへ一度入ると二度と他の所へ行けない。この町には町から出る一本の道があるけど、その道を辿ってもいつの間にか戻ってしまう。その町の中央には駅があって、鉄道が走っているのだけど、その電車に乗ってもその町に戻ってしまう。どこへ行ってもその町からは逃れられないの」

「それは、ひどい話だ」

「でも、それ以外はとても非常にいい所なの。『何も、起こらない』から」

「なるほど、平穏無事がいちばん幸せってことだね」

 その次に、彼女は3の目を見せた。目は山吹色だった。

「これは、山吹色の月の世界。ここの人達は、皆地下に住んでいるの。昔は、地上に住んでいたんだけど、宇宙から侵略者がやってきて、地上を奪われ地下に逃れたのね。そして、ずっと地下に逃れ住み生きている。山吹色の月は、地下に照らされた人工の月」

「それもまた、ろくでもない世界だね」

「そうね」と、彼女は呟いた。

「でも、住めば悪いところじゃないわ。地下にいる限りは平和なの」

「まるで、見てきたようだ」

 彼女は黙って首を振った。

 そして、彼女は4の目を僕に示した。目は碧色だった。

「それは碧色の月の世界?」

「そう」彼女は頷いた。

「そこも、どうせろくでもない世界なんだろ」

「残念ながら、そうなの。この世界では竜人がいて、その世界の人達は竜人と永遠に戦っているの」

「竜人って?」

「二足歩行する大きな蜥蜴と思えばいいわ。2mくらいの。それが群れで人間に襲いかかってくるの。絶えず、戦いは続いている」

「それは、嫌な世界だ」

「あなたが騎士とか戦士とかになりたいなら、おあつえらえ向きの世界ね」

「両方とも御免だな。次の目は?」

 彼女が見せた面は、真っ黒だった。よく目を凝らしてみると5つ小さなくぼみがある。

「これは漆黒の月の世界。この世界はいつも夜なの。月は・・・・・・、あるはずなんだけど誰にも見えない。でも、その世界は、人工の星をたくさん作って輝かせているので、この世界はずっと夜なのに、いつも昼みたいに明るい。この世界の人間は不老不死で、皆仕事もせずに遊び回っている」

「それは理想の世界みたいだね」なんか話に裏があるんじゃないかと思って、彼女の話の続きを待ったが、そこで漆黒の月の世界についての彼女の話は終わってしまった。

 彼女は最後に6の目を示した。白い6つの目があった。

「これは、白い月の世界。・・・・・・ごめんなさい、この世界のことはよく分からないの」

「未知の世界って訳だ」

 彼女は、また黙って首を振った。それは、実は何か知っているけど話せないという意味なのか、ただ単なる癖なのかよく分からなかった。そして、また彼女は口を開いた。

「それで、この骰子を振ると出た目の世界に移動することができるの」

「どれも、ろくでもなさそうだけどね・・・・・・.5の目の世界は、まだいいか・・・・・・。

 でもさ、うっかり骰子を振っちゃうと別の世界にワープしちゃうなんて、あぶなっかしくないか?」

「それは、呪文を唱えながらじゃないと駄目だから、大丈夫」

「なんて、呪文?」

 彼女は、一旦黙ると、少ししてから意を決したように言った。

「世界(ザ・ワールド)」

「え?」

「それが呪文の言葉」

 世界を移動するような呪文じゃなくて、時間を止めるような呪文に聞こえるけどな、と冗談を言おうとして、なんでそれが冗談になると自分は思ったのだろう、と不思議に感じた。頭が少しずきずきした。何か、おかしい。

「これは、そのまま置くんじゃ駄目なの?」

「振って、運を天に任せないと効果はないの」

・・・・・・僕は、彼女の目を見て言った。

 

「きみは、どこか、別の世界に行きたいの?」

 彼女は頷いて、僕に骰子を渡した。骰子はひんやりとしていた。彼女の手もひんやりとしていた。

「あなたに任せるわ」

 骰子を手にした、僕はしばらく黙って考えた。彼女の目がじっと僕を見ている。

 そして、僕は――――