読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

古上織蛍の日々の泡沫(うたかた)

歴史考察(戦国時代・三国志・関ヶ原合戦・石田三成等)、書評や、        日々思いついたことをつれづれに書きます。

【小説】ビルドアンドビルド

 ガイドは、その城の城門の前で説明を始めた。とてつもなく高い城壁と城門だった。城門を見上げながら、我々はその高さに圧倒された。

 

「今から300年以上昔になりますが、この国の周辺諸国をも征服して一大王国を築いた国王〇〇1世は、この地に都を移して、宮殿を築きました。

 王は年を取るにつれ猜疑心が深まり、今は従っている諸侯に裏切られるのではないか、部下に寝首をかかれるのではないかと疑心暗鬼になりました。

 とりわけ、ある信頼していた部下が王の暗殺計画を立てていた事件が露見し、王は人間不信に陥りました。

 そこで、王は宮殿の周りに高い城壁を作りました。いつ敵に攻められても守ることができるようにです。その城壁ができると、その外側に城壁を作らせました。それが終われば、更にその外に城壁を作らせました。こうして、城壁は次々と作られ、現在のように47もの城壁がこの宮殿を取り囲んでいます」

「しかも」ここで、ガイドは言葉を切って、ツアー客の面々を見渡した。

「見てのとおり、この城壁を作る工事は今でも続いているのです」

 その通りだった。それから300年以上たった今でも、48番目の城壁が新たに作られている。

 城壁を作るための石材を運ぶ業者たちの姿を我々はよく見ていた。

「今でも〇〇1世は、この城壁の奥深いところにある宮殿に住んでいると言われます。そして、城壁を作り続けるように命令しているのです」とガイドはちょっとおどけたように言う。観光客の一人が質問した。

「ええ?今王様が生きているとしたら、何歳なんですか?」

「そうですね。380歳になるはずです。」

 観光客は皆笑い出した。

「王様は、城壁を作り出すと、宮殿の奥深くに一人で暮らすようになりました。王妃は既に亡くなり、王子は2人いましたが、彼らにすら王様は気を許しませんでした。王様は信頼できる召使1人のみ目通しを許し、長年の友であった執政に政治をゆだねました。王様にとって幸運だったのは、この2人は王様を裏切ることはなかったのでした」

「そして、王様は80歳で亡くなりました」とガイドは事もなげに言う。あれ、さっき王様はまだ生きているって言っていなかったっけ?

「その死は伏せられ、現在でも王様は生きていることになっています。そして、王様の命令は「城壁を作り続けよ」ということでした。この国では、王様は今でも生きていることになっていますので、この命令は今でも有効です。そして、城壁は永遠に作り続けられているのです」

「奇妙な儀式がこの国にはあるとのことです。1日に3度、王の食事が宮殿に向けて運ばれていくとの伝説です。見たことがあるという人も聞きますが、実際に聞いてみると、知り合いの知り合いから聞いた噂話だという話にすぎません」とガイドは言う。

 

 既に300年も前に亡くなっているはずの国王の命令に縛られて、この国の城壁は作られ続けている。この王国は、王が亡くなったとされるあたりから、周辺の諸国の反乱や独立が相次ぎ、結局はじめにこの王家が支配していた程度の小国に戻ってしまった。そして、100年過ぎると王家の血筋も絶えてしまう。王家は不運なことに子宝に恵まれなかった。もっとも王様は生きていることになっているのだから、王の子や孫は結局王を名乗ることはできなかったのだが。

 かくして、王家は絶えたのに、どう考えても死んでいる王は生き続け、王国は存続した。執政とその子孫が、この国を支え続けた。

 

 この幾重にも重なる城壁に私はとりつかれた気分になった。そうだ、この城は王の心の中なのだ。妄執にかられた王の心の中を我々は歩いているのだ。

 ガイドの目を盗んで、私は一人で城の中へ、奥へ入っていた。

 12番目の壁の近くに来た時に私は、警戒が非常に厳しくなったのを感じた。衛兵の数が多い。やばいな、と思って戻ろうとしたところで、私はたちまち衛兵に見つかり取り囲まれた。彼らは私の知らない、おそらくはその国の言葉で怒鳴りながら銃を突きつけた。

 そこへ、ガイドが血相を変えてやってきて、衛兵の隊長らしき人に必死になって弁解した。そのまま拘束されるかと思ったが、ガイドの弁解が功を奏したしたらしく放免してくれた。ただし、13番目の壁の外までしっかりと護送されたが。

 ガイドは、「死にたいんですか、あなた?」と言った。

「誰にも、人には覗かれたくない聖域があるのです。ましてや、国王ならば。

 衛兵たちはそれを守っているんです」

 そして「はじめに、内城に行ってはいけないと、きつく言いましたよね」と言った。

 だからこそ、行ってみたかったんだと言うわけにはいかなかったので、黙って私はうなずいた。

「私は、あなたのせいでガイドの免許を剥奪されるかもしれません」

「それは悪かった」

「まあ、その時は訴えますので」

と言うと、ガイドはすたすた歩き始めて振り返っていった。

「こんなところ、早く出ましょう」

 いや、私はもっと奥に行きたかったのだ。行って王の心の中を覗きたかったのだ。誰にも踏み入らせない心の聖域とやらを見たかったのだ。命をかけて?いや、別にそれほどでもない。だから、私はすごすごと帰った。

 外に出ると城壁の工事が続いているのが見えた。もう死んだはずの王の命令に縛られて、この国の国民は延々と城壁を作り続けている。ビルドアンドビルド。結構なことだ。私は、一介の旅人にすぎない。しかし、王の心の中の迷宮は私をとらえるものがあった。それは、私だけではないのだろう。だから、他にたいして観光資源のないこの国の城壁を見に、私のような観光客がひっきりなしに来るのだ。

 ただ、これ以上心をとらえられる前に、帰るのが賢明だろう。

 城壁はいつまで作り続けられるのだろう。私は、なんとなくうらやましく思った。誰に対してかは、よく分からない。