村上春樹作品における「悪」について-第3章 『スプートニクの恋人』~「悪」は主要なテーマではない
第2章 ユング心理学における「悪=普遍的な影」と『ねじまき鳥クロニクル』について に戻る
(村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』『スプートニクの恋人』のネタバレを含む言及があります。ご注意願います。)
『スプートニクの恋人』に出てくる「悪」は、ミュウがすみれに語った回想シーンに出てくるフェルディナンドです。
フェルディナンドも『ねじまき鳥のクロニクル』のワタヤノボルと同じ「ねじ緩め鳥」です。「ねじ緩め鳥」であるフェルディナンドは、ミュウの「ねじを緩め」、ミュウの封印した「過去の自分」を引き摺り出しました。「過去の自分」は、彼女の半分と「わたしの黒い髪と、わたしの性欲と生理と排卵と、そしておそらくは生きるための意志のようなもの」を奪い去り、「あちら側」へ消えてしまいます。
しかし、この物語ではあくまでフェルディナンドはミュウの回想シーンの中でしか出てこない脇役でしかありません。これは『スプートニクの恋人』においては、「悪」は主要なテーマではないためです。
次章では、アーレントの「悪」の概念と、後期村上春樹作品の「悪」の概念の変遷について考察します。
第4章 アーレントにおける「悪」の概念とは~村上春樹作品における「悪」の概念の変遷について に進む
参考文献
A・サミュエルズ、B・ショーター、F・プラウト(山中康裕監修、濱野清志・垂谷茂弘訳)『ユング心理学辞典』創元社、1993年
大場登・森さち子『精神分析とユング心理学』NHK出版、2011年
河合隼雄・村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』岩波書店、1996年
小山花子「美学観察者としてのハンナ・アーレント:『イェルサレムのアイヒマン』を中心に」(『一橋論叢 134(2)、2005年』)
https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/15543/1/ronso1340200890.pdf
ジョージ・オーウェル(高橋和久訳)『一九八四年[新訳版]』ハヤカワepi文庫、2009年
ドストエフスキー(江川卓訳)『悪霊』(上・下)新潮文庫、1971年
ハナ・アーレント(大久保和郎・大島かおり共訳)『全体主義の起源 3 全体主義』みすず書房、1974年
村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』(第1部・第2部)新潮社、1994年
村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』(第3部)新潮社、1995年
村上春樹『1Q84』(BOOK1、BOOK2)新潮社、2009年
村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』文春文庫、2012年
村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋、2013年
森川精一「『全体主義の起源について』――五○年代のアーレント政治思想の展開と転回」(『政治思想研究』2008年5月/第8号)
矢野久美子『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』中公新書、2014年
リチャード・J.バーンスタイン(阿部ふく子・後藤正英・齋藤直樹・菅原潤・田口茂訳)『根源悪の系譜 カントからアーレントまで』法政大学出版局、2013年