古上織蛍の日々の泡沫(うたかた)

歴史考察(戦国時代・三国志・関ヶ原合戦・石田三成等)、書評や、        日々思いついたことをつれづれに書きます。

又吉直樹『劇場』書評・感想(ネタバレあり)

 又吉直樹氏の『劇場』を読了しました。以下、感想を書きます。(ネタバレです。また批判的ですので、そういうのは読みたくない方は読まないように願います。)

 

 

 

 

 

 おおざっぱなあらすじを書くと、売れない劇作家が主人公で、女の子(沙希)をナンパして、付き合い、家賃も払えないほど困窮して彼女の家に転がり込み、ヒモになり、ヒモになった劣等感からモラハラ言動を彼女に対して繰り返して、彼女は疲弊して、最終的に彼女は東京から実家に帰るという、まあ正直言ってどこかでみたことがたくさんあるようなパターンの小説です。

 

 なんつーか、こういう「ダメ男」小説って『純文学』の黄金パターンで、ミステリーであれば「クローズド・サークル」並みの「ああ、それやっちゃう?」という話なんですよね。

 

 すいませんが、「クローズド・サークル」がアガサ・クリスティのオリジナルを誰も越えられないように、「ダメ男」小説ジャンルでは、誰も(少なくとも又吉氏は)太宰治は越えられないわけです。オリジナルを越えられないのは分かっていながら、あえてこうした黄金パターンを書くのは、それでも小説家として、別の(面白い)バリエーションを創り、何か世の中に問う矜持があるのかと思ったのですが、別にこの小説からは何も感じられませんでした。

 

 たとえば、この小説のタイトルは『劇場』であり、主人公は劇作家なのですから、彼の『脚本』、『劇』そのものが、本来はこの小説の核となるべきなのです。この小説では、主人公の考えた劇のアイディアが断片的に出てきて、それは結構興味深いものもあるのですが、こうした描写がアウトラインに留まるのではなくて、「作中劇」の文章としてもっと描写を具体的に描かれれば、バリエーションとしてもっと面白いものになったでしょう。

 

 特に、主人公がヒロインに演じさせた作品などは、最後にセリフを言わせる伏線があるのですから、本来は劇とセリフの全体部分を1章割いて描写すべきものでしょう。なぜこの方向でもっと話を膨らませなかったのか、残念に思います。

 

 おそらく、作者にとっては、主人公とヒロインの恋愛関係こそがメインであって、演劇は刺身のツマみたいなものだったのではないかと思ってしまいます。この小説が陳腐なストーリーである以上、メインのストーリーは、このままでは太宰未満の陳腐なストーリーに過ぎません。作者が小説としてのオリジナリティと新鮮さを出すには、この『劇場』というタイトルの通り、劇作家としての(奇人・変人劇作家としての)主人公の真摯な姿勢による、彼の創った「作品(演劇)」の具体的な描写以外に陳腐なつまらないストーリーとの差異が出せないかと思います。このような描写があって、はじめて何故ヒロイン沙希が主人公に惹かれたのか、客観的に描写できるというものでしょう。(この小説の主人公は、ひたすらにただ気持ち悪いだけの男で、このままでは魅力がまったく感じられません。)

 

 こうした、骨格が「どこかでみたような」ストーリーには、どのようなバリエーションを提示できるかこそが重要な意味を持つのです。この小説を刺身定食とするなら、この小説においては演劇部分こそが刺身なのであり、これを作者自身が刺身のツマと思っているような本作品は、凡作としかいえません。

 

 「劇」の部分を煮詰めていけば、もっと面白い作品になるような気がしました。又吉氏の次回作に期待です。(次回作は「劇」ではないかと思いますが。)