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古上織蛍の日々の泡沫(うたかた)

歴史考察(戦国時代・三国志・関ヶ原合戦・石田三成等)、書評や、        日々思いついたことをつれづれに書きます。

『その女アレックス』感想(ネタバレあり)

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 ピエール・ルメートル(橘明美訳)『その女アレックス』文春文庫を読了しました。以下に感想を書きます。(以下完全ネタバレです。また、かなり批判的に書いていますので、そういうのは読みたくないという方は読まないように願います。)

 

 帯に「「このミス」、週刊文春早川書房、IN☆POCKET 英国推理作家協会賞受賞、リーヴル・ド・ポッシュ読者賞受賞 史上初の1位全制覇。 6冠 今年最高の話題作!」

「4つのミステリーランキングで第1位。ミステリーにしかできない驚愕、ミステリーでしか描けない慟哭―この衝撃と感動は、読んだ者同士でしか語れない。」

 

とあり、期待が高まります。

 

 読んでみての感想ですが、「推理小説として書いてあるのだとしたら失格かな(ミステリーの範囲を広くとるなら、まあ許される程度)」という感じです。

 

 たしかに、意外な展開が続くのですが、別に驚かされません。だいたい予想の範囲内です。(ただ、グロい描写がけっこう多く、きつくてつらいです。)しかし、それらの「意外な」展開のほとんどが「後出し情報」によるものですので、正直「だから、なんなんだ」という気になります。「後出し情報」で意外な展開のつじつま合わせをされても、それは作家なんだからいくらでもそのように書けるでしょう。

 しかし、これでは読者は小説の展開を想像はできても推理しようがありません。推理小説として読もうとすると、肩透かしをくらうでしょう。しかも、「推理」ではなく、この後の筋を「想像」するとこんな筋になるだろうな、という通りの展開(しかも悪い方の)になるので、頭痛がしてきます。

 

 ただ、この小説の帯は「ミステリー」とは書いてありますが「推理小説」とは書いてありませんし、現代では「ミステリー=推理小説」ではないのでしょうから、こういうのもアリなのかもしれませんが。

 

 以下、具体的に2つ疑問点があります。

 

 第一に、アレックスに殺される人たちは、殺されても仕方ないような人間であったことが、後出し情報でわかりますが、それが明かされる前でもだいたいは俗悪な人間として描写されています。(だからといって、それだけで殺されても仕方ない訳がありませんが。)

 

 しかし、セミトレーラーの運転手、ボビー(ロベール)・プラドリーのみは、人の良い人物として描写されているのですね。結局、彼も買春仲間のひとりであることが後の描写でわかり、アレックスに殺されても仕方ない人間のひとりとして明かされる訳ですが。

 それでは、なぜ彼を「良い人間」として作者は書いたのでしょうか?現在は改心しているっぽいが、過去の罪は消せないぜ、という描写なのでしょうか?特にボビーの過去の描写がほとんどないので、わざわざ作者がこのような描写を書いた意味がよく分からなかったのですが、読み直してみてだいたい分かりました。 

 多分、今まで殺された人間はそれなりに「俗悪」さを出していたので、そこに読者は何かしらの被害者に共通する「法則性」を推理しようと試みる訳ですが、このボビー殺しで、これまでの「法則性」が覆ってしまいます。この展開で読者の「推理」を混乱させようという描写なのだと思います。こうした、読者を混乱させるためだけの描写として書かれたのだとしたら、これほど醜悪なものはありません。

 

 第二に、アレックスの殺人偽装による自殺です。兄に殺人の罪を着せるための自殺というのは確かに意外な展開ですが、実際には正直これで兄が本当に殺人罪の刑を受けるか、あやふやです。兄の行動がちょっと違えば狂ってしまう、きわめて頼りない方法といえます。殺人しまくっているアレックスが、兄に対してだけはこんな頼りない方法を使うのは、小説の筋としては面白いのかもしれませんが、全くリアリティを感じません。ただ単に展開を「意外」にしたいだけの作者の作為にしか見えません。

 

 総じて、作者が読者を「驚かそう」という目的の描写が多過ぎて、その目的のために小説の筋が不自然になっている、かなり不満の多い作品でした。