村上春樹作品における「悪」について-第8章 『アフターダーク』~過渡的な実験作
第7章 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』とドストエフスキー『悪霊』~スタヴローキンはどこへ行った? に戻る
(村上春樹『アフターダーク』のネタバレを含む言及があります。ご注意願います。)
次に、『アフターダーク』を見てみましょう。この作品は、おそらく『1Q84』の「リトル・ピープル」理論が構築される前の過渡的な実験的な作品だと思われます。このため「悪」に対する作者の見解もはっきり定まっておらず、何らかの「理論」をこの作品から導き出すのは困難かと思われます。
村上春樹に対する『アフターダーク』に関するインタビューで、以下の興味深い回答があります。
「僕は、白川という男を純粋な悪だとは思わないんです。もちろん彼はきわめて危険なものを体内に抱え込んでいるけれど、それはある意味では世間のほとんどの人が抱えている問題を増幅したものにすぎないわけです。人が抱え込んでいるものというか、それを抱え込まないことには存続し得ない要素を、小説的に増幅したに過ぎないんですよね。『海辺のカフカ』のジョニー・ウォーカーにしてもカーネル・サンダーズにしても、外界から来たものではなくて、あくまで人の内部から生まれ出てきたものです。それが増幅されてかたちをとったものです。それと同じ文脈で白川という男が物語の中に登場してくる。(後略)」(初出 文學界 2005年4月号)(*1)
この文章もいろいろ混乱しているように見られます。「純粋な悪だとは思わない」ということは、「陳腐(凡庸)な悪」なのかと一瞬考えたのですが、その後の描写ではジョニー・ウォーカーはまだしも、カーネル・サンダーズのような明らかな「異形」の者と同じ文脈で登場すると書かれ困惑します。作者自身にも白川の「悪」の位置づけが定まっていないのではないかと思われます。
同じのインタビューの別の部分ですがこちらも引用します。
「(筆者注:聞き手)――高橋が、刑事裁判の傍聴に通ううちに、死刑判決を受けた被告と自分を隔てるものは何もないという恐ろしさに気づくというのも、悪というものについての思弁として印象が強いです。
村上 そういうところって論理的な例証として、あるいはとっかかりとして、良くも悪くも取り上げられやすい部分だと思うんだけど、でも小説的にいえば並列的なエピソードのひとつに過ぎません。あまり強い思弁をそこに求められても困るというところはある。
――そういうことなのですか。
村上 そのエピソードは出そうか出すまいか、どうしようかけっこう迷ったんです。でも僕自身がオウム裁判の傍聴で、長い期間、東京地裁に通っていて、少なくとも東京にいるときは必ず傍聴するようにしていました。(中略)
僕はいつかは本格的にそういうことについて何か書くということになるだろうなと思ってるんです。しかしまだその時期ではないですね。もっと時間を置く必要があります。(後略)」(*2)
このような回答を見ても、やはり『アフターダーク』における村上春樹の「悪」に対する見解は、まだ定まっていなかったことが分かります。この後、「悪」に対する思索を重ねてひとつの結論に達したのが、『1Q84』であり、「リトル・ピープル」理論であるといえます。
次章については、2014年11月3日の毎日新聞の村上春樹インタビューについて検討します。
注
(*1)村上春樹 2012年、p316
(*2)村上春樹 2012年、p314
参考文献
A・サミュエルズ、B・ショーター、F・プラウト(山中康裕監修、濱野清志・垂谷茂弘訳)『ユング心理学辞典』創元社、1993年
大場登・森さち子『精神分析とユング心理学』NHK出版、2011年
河合隼雄・村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』岩波書店、1996年
小山花子「美学観察者としてのハンナ・アーレント:『イェルサレムのアイヒマン』を中心に」(『一橋論叢 134(2)、2005年』)
https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/15543/1/ronso1340200890.pdf
ジョージ・オーウェル(高橋和久訳)『一九八四年[新訳版]』ハヤカワepi文庫、2009年
ドストエフスキー(江川卓訳)『悪霊』(上・下)新潮文庫、1971年
ハナ・アーレント(大久保和郎・大島かおり共訳)『全体主義の起源 3 全体主義』みすず書房、1974年
村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』(第1部・第2部)新潮社、1994年
村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』(第3部)新潮社、1995年
村上春樹『1Q84』(BOOK1、BOOK2)新潮社、2009年
村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』文春文庫、2012年
村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋、2013年
森川精一「『全体主義の起源について』――五○年代のアーレント政治思想の展開と転回」(『政治思想研究』2008年5月/第8号)
矢野久美子『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』中公新書、2014年
リチャード・J.バーンスタイン(阿部ふく子・後藤正英・齋藤直樹・菅原潤・田口茂訳)『根源悪の系譜 カントからアーレントまで』法政大学出版局、2013年